摩擦,ひと筆.

摩擦です。暇な時に書きます。

§7「原研哉『白』を読む 入試問題に現れる東大の明確な意図に感動しながら...」

0, はじめに

 ワイがこれをはじめて読んだ時、「優れた言い回し」は確かにあるのだととても感動したが、「東大入試で出題された」ことをはじめに知らされていなかったのなら、どれだけ良かっただろうかとも同時に強く思ったのだ。日頃目にする、耳にする、口にする...言葉とはある意味で「遭遇」であり、我々は常に「遭遇」するものにおいて未知が認知へ転ずる方向へ体を傾ける必要があるし、そうでなければ、マスカレイドを仮装なしで踊るのがきっと興ざめであるのと同じく、言葉にコクが生まれないだろうし、全くこの通りに感じたのが事実だった。読者諸君も「前もって知りすぎたが故に」出会う言葉言葉の意味を"degrade"するという状況に陥らないように充分に注意されたい。言葉を前にする「準備」と称して全くの悪意なしにそうする場合もある。

1, 東大入試問題解答例

一「「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。

A, 人は作品を仕上げる際、それが不可逆的な行為であるために吟味を迫られ、表現上の微細な差異に執着するということ。

 

二「達成を意識した完成度や洗練を求める気持ちの背景に、白という感受性が潜んでいる」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。

A, 人が仕上げを意識して表現を磨き上げようとする態度は、白い紙に記されたものは不可逆で訂正不能であるという意識が生んでいる、ということ。

 

三「推敲という意識をいざなう推進力のようなものが、紙を中心としたひとつの文化を作り上げてきた」(傍線部ウ)とはどういうことか。説明せよ。

A, 拙い表現を白い紙に不可逆的に発露することへの呵責の念がより良い表現を求める意識を高め、不可逆性があるもとで一回で鮮やかな表現を仕上げようとする文化を形成してきたということ。

 

四「文体を持たないニュートラルな言葉で知の平均値を示し続ける」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。(最難関)

A, ネットは特定の価値観や美意識が存在せず、無数の人々が変化する現実に応じて加筆訂正を続けることによって、皆が等しく共有できる知の水準を示し続けるということ。

 

五「矢を一本だけ追って的に向かう集中の中に白がある」(傍線部オ)とはどういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ。

A, 白い紙に不可逆的に表現をする際には拙い表現を残すまいと逡巡が生まれるが、それを断ち切り己の未熟さを克服して、失敗に臆せず一度で仕上げようと覚悟をもって表現する時、その覚悟の中には鮮やかで感動的な表現のもととなる白がある、ということ。

2, 東大入試問題を解説してみて

 ひとつ補足として、この文章を通して「白」は具象化されていないし、かなり流動的な概念である。一行目と最終行を見比べると、一目瞭然であると思う。聞かれる毎に適切に「白」を換言し分けるないし抽象度が高すぎる場合は「白」とそのまま表記して外堀を埋める形で説明を加えるのが、最も無難であろう。

 そして、東京大学程単純に「受験生に理解してほしいこと」をメッセージとして伝えている入試問題は少ないとも感じた。要は「作者の言いたいことを理解できるか」である。主題の把握である。後はどれほど上手に自分の言いたいことを文字にして人に運べるかである。「国語力」という国語教科において測るべき能力を、当たり前のように問うているだけである。

3, 練習問題

Q, 1⃣「不可逆な定着をおのずと成立させてしまうので、未成熟な物、吟味の足らないものはその上に発露されてはならない」と人が感じるのはなぜか、説明せよ。

A, 不可逆性のある事柄の前では、人は吟味を迫られるから。

 

Q, 2⃣「逸話が逸話たるゆえんは、選択する言葉のわずかな差異と、その微差において詩のイマジネーションになるほど大きな変容が起こり得るという共感が、この有名な逡巡を通して成立するということであろう」とはどういうことか、説明せよ。

A, 逡巡を通して表現には僅かな差が生まれるが、その僅かな差が作品をかけ離れたものにするという事が人々の共感を得たために、賈島の詩作における話は逸話として成立したということ。

 

Q, 3⃣「今日、押印したりサインしたりという行為が、意思決定の証として社会の中を流通している」のはなぜか、自分で考えて説明せよ。

A, 押印やサインなどの契約とは当事者同士が権利や義務を負うものであり、白い紙に訂正不能な出来事を固定する形式はいたずらに当事者同士の関係を改変する虞がなく、この点で適しているから。

 

Q, 4⃣「推敲という行為はそうした不可逆性が生み出した営みであり美意識であろう」とはどういうことか、説明せよ。

A, 白い紙に記すのが不可逆な行いであるために人は表現を吟味をして、磨きあげようという意思を持つ、ということ。

 

Q, 5⃣「白い紙に消し去れない過失を累積していく様を把握し続けることが、おのずと推敲という美意識を加速させる」とはどういうことか、説明せよ。

A1, 拙い表現を白い紙に不可逆的に発露することへの呵責の念が、表現を吟味してより洗練されたものにしようとする意識を自然に高めるということ。

A2, 拙い表現を白い紙に不可逆的に発露することへの呵責の念によって、人々は吟味をして洗練された表現を求めようと自然な形で駆り立てられるということ。

 

Q, 6⃣「印刷物を間違いなく世に送り出すときの意識とは異なるプレッシャー、良識も悪意も、嘲笑も尊敬も、揶揄も批評も一緒にした興味と関心が生み出す知の圧力によって、情報はある意味で無限に更新を繰り返している」とはどういうことか、説明せよ。

A, ネット上では、印刷物を発表する際の高次元で完成された作品であるべきだという圧力ではなく、個人が抱いた考えの集積として織り成される総合知の(大局的な)動向に合わせて、情報はそれが総合知へと近づくように、無限にあらゆる人々によって加筆訂正が繰り返されるということ。

 

Q, 7⃣「無限に更新され続ける巨大な情報のうねりが、知の圧力として情報にプレッシャーを与え続けている状況では、情報は常に途上であり終わりがない」のはなぜか、説明せよ。

A, 個々の意見の集積としての総合知は変化する現実に限りなく接近こそすれど、それが集積であるために、ある絶対的な言説に特定されることがないから。(これは、「うねり」の表現効果に通ずるものでもあり、記憶に値する。)

 

Q, 8⃣「音楽や舞踊における「本番」という時間は、真っ白な紙と同様の意味をなす」のはなぜか、説明せよ。

A, 紙の上にものを書くことと同様に、パフォーマンスも一回性を持った不可逆的な行為であるから。

4, おわりに

 自分で問題を作って解く自給自足生活は存外楽しい。遊び相手がいないわけではない。いつもワイは期末テスト中は理系科目を頑張るのだが、今回は調子が良く、現状理系科目だけなら学年10位以内には確実に位置していると思う。本当に素晴らしいと思う。

 

 

ソース画像を表示

§6「『畜犬談』にて 心情・理由説明の想定問とその返答」

『畜犬談』をよむ

Q傍線①直後「殺そうと思ったのである」とあるが、この時の「私」の心情を説明せよ。

A家主からの引越しの通知を心待ちにしていた時にポチが皮膚病にかかり醜い姿となり、私はより一層辛抱する羽目になった。それなのに肝心の返事は引越しを先延ばしにするものだったので、私はことあるごとにポチを呪うようになったが、自分の寝巻にポチの蚤がついていたのを見て、恨むばかりするのも我慢の限界だと感じている。

補足:傍線①以前の内容をまとめると上記

補足2:問二の解答は

引越しを機会にポチを置き去りにしようとするとポチは皮膚病を発症したが、新居の建設が遅れ、皮膚病はますます悪化し、酷暑や不眠もあって「私」や妻は我慢の限界を迎えようとしていた。悪いことはすべてポチのせいだとポチを呪咀し、蚤をうつされた時点で、ついに怒りが爆発し、殺そうという決意に至ったわけだから、この経緯は無理もないことだと考えている。 

 

Q上段左から11行目~、「私」が、「きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしない」のはなぜか。

Aポチを殺せば、ポチの存在に堪えながら生活する日々は終わりを迎える。(たしかにポチとの生活が今のように続けばポチのことを意地悪く見つめるだろうが、)そのことが分かっているなら、どうせ今日で殺されてしまうポチに対して苛立ちを覚える必要はないから。

補足:「そのこと」→「ポチを殺せば、ポチの存在に堪えながら生活する日々は終わりを迎える」

 

Q「赤毛の犬」が「ポチの寒しげな睾丸をねらった」のは何を意味するか。

A赤毛の犬はとことん下劣で卑劣な、ばか犬であること。

補足:一見文章に関係ないところでこのような表現を使って作品を彩り、引き立てていく太宰治は凄いなと、素人ながらに思う。

 

Q下段右から5行目「喧嘩が終って、私は、ほっとした」とあるが、「赤毛の犬」との格闘を通して、それ以前と以後について、「私」の「ポチ」への態度はどのように変化しているか。

A喧嘩が起こる前は私にとってポチは醜いだけの獣で、自分や家内を苛つかせるものだったが、喧嘩のなかでポチを必死に応援する中でポチに親しみが湧きはじめ、ポチが赤毛の犬に勝った時にはポチを褒めるほどに、ポチを忠実で気品ある犬だと考えるようになった。

補足:赤毛の犬とポチの格闘によって示したいのは「私がポチに親しみを覚えた」こと、と考えれば解答作成上(他の問題であっても)十分な点数が期待できる

 

Q(問三)傍線②にあらわれている「私」の気持ちとはどんなものか、それが生じた理由とともに説明せよ。

Aはじめ自分はポチを殺そうとしていたが、赤毛の犬と相対したポチの姿は醜さとは程遠い気高いものであり、自分もポチと一体感を持ってポチを応援するうちに親しみを覚えた。しかし自分はやはりそのポチを殺してしまったのだという自己嫌悪に陥り、それがだんだんと深まっている。

補足:「(+イメージの)ポチなのに」「自分はそれを殺してしまった」「自己嫌悪」が「どんどん深まる」部分がポイントになる

補足2:元の解答は以下

ポチを毒殺しようとしていたのに、ポチは他の犬との喧嘩でも「私」の顔色を伺い、従順さを示しており、自分もポチとのある種の一体感を持ち、そのポチを殺そうとしていることに罪悪感を抱き、自身への無力感でいっぱいになっている。

補足3:傍線②直前の「私はポチを見たくなかった」→自己嫌悪から、自分がポチを殺したという事実を直視できなかったことの表れ

 

Q(問四)傍線③の記述がこの文章の中で滑稽であるのはなぜか。説明せよ。

A自分がポチを処分した事実がなくなったのをいいことに手のひらを返し、自分は芸術家という特別な立場だからポチという弱者の味方だった、というもっともらしい弁解を並べ立てて、自分がポチにしたことの罪悪感から目を背けようとしている、そんな筆者自身が、実は、この物語の中で一番の弱者であったから。

補足:「手のひら返し」「自分は芸術家という特別な存在なので弱者の味方」←「もっともらしい弁解、理屈」「弱者は筆者であった」の4点がポイントだが、模範解答には4点目は載っていない、見比べてみよう

補足2:元の解答は

ポチを置き去りにしようとしたり、ついには自分たちの焦躁感から殺そうとしたりしただけでなく、ポチの態度を自身に都合のよいように解釈し、皮膚病に侵されたことにも一切同情することはなかったのに、毒殺が失敗したとたんに、芸術家という特別な存在であることを盾にして、手のひらを返したようにまたも自身にとって都合のよい理屈で弁解を並べ立てて、良心の呵責を消し去ろうとしているような表現だから。

補足3:なにをどうしても満点は期待できない上、見てもらえばわかるが模範解答と僕の書きぶりはだいぶ異なっているので、読者諸君には「いいとこ取り」をして自分の解答を作って欲しい

 

Q最終行「家内は、やはり浮かぬ顔をしていた」ときの「家内」の気持ちはどのように推定されるか。

Aポチを毒殺もせずに帰って来て、急に壮大な理屈を語りだす筆者のことを心配している。急にポチへの態度を改めポチに優しくするようになった「私」を不思議に思っている。「私」の理屈に筋が通っておらず、不思議に思っている。など

ソース画像を表示

 

§5「安部公房をよむ 寓喩の底知れぬ魅力とその感じ方について」

0 こんなことがあった

 だいぶん昔、もう僕たちが中学校三年だったころまで遡るのだが、国語科教員が安部公房の『鞄』を引っ張って僕たちに読ませてくれた。いま思うとそこまで中学校三年のことは遠い過去ではなく、それでは記憶の隔たり具合というのは特定の出来事という節目によるものが鍵を握り、体感の(というよりそう規定して計っている)「時間」の単なる足し引きではない。また、その高校時点のいまから見れば、『鞄』は教育上は高等学校の現代文の教科書に載せられている文章であったので、何か当時の僕は年不相応に文章に対面してしまったような、そんな恥ずかしさが湧き上がってくるのだ。もちろん人間の精神性の追究や自分の独特な感性の露出を楽しもうというのではなく、ここではその『鞄』について存分に語り、自己満足を得たい。文章を読んでいないという読者の方も、ぜひ読んでみて欲しい。ところで、おそらくは関係ないが、僕は最近国語の成績が低迷している。が、当時の僕の国語力は確実に上級と言えるそれであったという自負があったし、周りを見てもそう言うだろうので、この文章に関しての意見は、要らぬ敵対意識は排して素直に、気楽に読んでいただけたらと願う。ちなみに僕は蛇足が好きな方なのでまた書くが、僕は素直にとか気楽にとか読者に強いて保険をかける行為が嫌いだ。


f:id:wowohata:20211117002606j:image

1  「鞄」の扱い方からみる

 この短編の登場人物は「私」と妙に素直でどこか異質な「青年」の二人だけである。が、その二人のやり取りや仕草だけでもかなり多くの情報が獲得できるので、ここを出発点としたい。まず目が離せないのは青年の「ただ歩いている分には、楽に運べるのですが、ちょっとでも急な坂だとか階段のある道にさしかかると、もう駄目なんです。おかげで、選ぶことのできる道が、おのずから制約されてしまうわけですね。鞄の重さが、僕の行き先を決めてしまうのです。」初めて鞄についての言及があったシーンである。鞄は重いし、それを本人が実感できることも確かであり、鞄を持つことで青年は行くあてがコントロールされているわけである。

 「鞄を手放すなんて、そんな、あり得ない仮説を立ててみても始まらないでしょう。」「無理なんかしていません。あくまでも自発的にやっていることです。やめようと思えば、いつだってやめられるからこそ、やめないのです。強制されてこんなばかなことができるものですか。」と青年は続ける。どうも青年は寧ろ鞄が自分をコントロールされることを望んでおりそして鞄は自分に「ついて回る」らしい。かつ、変なネット書評ばかり読んでいるとこれが考慮されたものは著しく少なく、見落とす羽目となってしまうところなのだが、青年は「外的圧力により鞄をわざわざ持つことは馬鹿らしく、やっていられない」とも言っているのだ。自身の文章の解釈が正しいと信じている者達は都合よくこの描写だけ無きものにしようとしている気がしてならないし、辟易する。

 私の「...鞄の重さに変化がおきて、...」や、「可能性を論じているだけさ。...」に対しての青年の少し怒っているとも取れる行動からは、鞄は殆どの場合、不変であると読み取れる。

 この小説の最も重要と言って過言でないほどの描写がこの次にある。私の発言に呆れたように、「年寄りじみた」笑いを浮かべる青年の姿である。明らかに「自分が『長い間』連れて歩いた鞄のことを『私』は何も分かっていない」ことに呆れている。その前のやり取りからは、鞄が非物質(寓喩なので当たり前なのだが)であることと、こちらの方が重要だ、鞄は「職が決まれば一旦おろせる」し、「人にあずかれないもの」なのだ。ここで矛盾が生じてくる。

 私は、青年の鞄を持ち上げた。しかしそうすると「今まで自分が当たり前のように通っていた道が、鞄によると『通ってはいけない』道であった」ということに気がついた。そう捉えるのが自然であるし間違いもない。また、この後の「別に不安は感じなかった。ちゃんと鞄が私を導いてくれている。...選ぶ道がなければ、迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった。」から、少し発想を飛躍させねばならないが、「ここに至るまでは、私は鞄を持っていなかった」⇔「私は青年と全くの別な人間としてこの文章を読まなければならない」ことが読み取れると良い、むしろ、読み取れなければならないと思う。

2 「鞄」は何か

 「鞄」とは、自分の「現代で長い人生を経たため形成された、現代人的尚且つ個人的な、安定への欲求」のことである。また安部公房は、文章の初めの方の「私」的価値観から、これを自分の道を狭めることと批判している。ここでは割愛するが、今までの記述や本文全ての解釈としてこれにより一致し、寓喩の説明として十分であり、またこれが安部公房からの問いかけに対する一人の学生がした美しい応答であることも、よければ確かめて欲しい。

3 寓喩を感じよう

3-1 寓喩はとてもいい

 同級生は寓喩についてテストで点数を取れる保証がどこにも無いとか言ってあまり好まないのだが、あそこまで自分の答えに自信が持てない文章もそうそうないという点を逆に僕は面白く思う。個人差があるのを承知で言うが、基本国語の問題は記号であれ記述であれ部分部分の理解を問う問題が、理由を今考えても仕方がないが、構造上多い。そうするとつまらないと感じる。寓喩で何かを全体を以て表そうと奮闘する筆者ないし逆に問うてくる筆者にこそ、自分が寄り添いたい、回答したいと思える。長い文字数で少ない物事を緻密に表現しようとする彼らに僕は心惹かれるのだ。

 少しでも興味が湧いたらAmazonか本屋かで別の本を調べて買って欲しいのだが、今魅力に従って話さなければいけないのは1→2へと至る抽象化の過程、言い換えるなら魅力のいただき方について、であろう。僕自身考えるに、雲を掴むような、また散らばっている例たちをーーー洗練された一概念へと昇華させる際には一つしかない。寓喩の用いられた文章を読む時は、大抵の場合これで技巧的には何とかなる、そういう意味である。

3-2 寓喩で示されるモノ・概念に対し「ある」「なし」で評価する

 寓喩自体が相当に難しいのでなければこのようなやり方は取られないはずだと信じている。一般感覚では、表現について「ある」「なし」といった、おそらくそれが表す全体におけるほんの微小な意味しか汲み取れない、間接的でまどろっこしく洗練されていない、そんな次元にまでそれを下げていく行為は遠回りすぎて、する気にもならない。おそらく普段僕たちはここまで詳細に気分といったものを言語化せず、「じかに」意味を捉えに行こうとするのだが、寓喩が相手するものとなれば、話は別であろう。それはこちら側が文全てを見渡してさえ未だに不確実性を帯びている、凡人感覚では「揺れている」とよく言われる、ものであるからだろう。日本の文学で国語のお勉強、という狭い面でしか通用しないのかもしれないが、僕は凡人が凡人たるゆえんは「相手・対象の性質お構い無しに、むやみやたらと自分を主張するだけに留まる」ことだと思っている。少し話は逸れるが、やはり寄り道というか、引き出しといったものは増やしておくに限るということは、ここで挟み込んでおきたい。さて、そこで外堀から埋めるという手段を取るわけだが、これが実際に奏功することを少々でも述べねば信頼には足らないと思うので喋ることにする。例えば先程の「鞄」については「所有者の行く末を決める力」「重さ」「所有者の辛いことを辛いと理解すること」「所有者についてまわること」は「ある」のである。決して本文にそのままアプローチしてそれをコピー、ペーストして性質の有無に分類しろと言っている訳では無いと断っておきたい。また、この「ある」性質群をこの文章が現代人批判であるという若干のコンテクストを片隅に浮かべつつ眺めていけば、「所有者の〇〇な精神構造」程度の答えにはたどり着くだろう。「なし」の性質も調べれば今回の僕の筆者への回答となることは自然なのだが、割愛する。

4 おわりに

以上で安部公房の『鞄』について基本的な解説はしたい分にはできたと思う。読者各位が快適寓喩生活を送れることを願ってやまない...。さて、ここからは僕の好きな蛇足だが、安部公房は本名が安部公房(きみふさ)であったらしい。同形異音語でものをかくとは、中々、珍しい。また、今回でこの『摩擦、一筆.』も5回目だがそれに関連して。『ジョジョの奇妙な冒険』第5部の「黄金の風」について友達から聞き視聴して見たのだが、とても面白い。精神性が当人の「スタンド」に現れるというところに少年の熱い無邪気な心はひどく踊らされてしまうのだと感じる。30話もないので気軽にNetflixなどで視聴して感想や話を共有していただけると、嬉しい。
f:id:wowohata:20211119234946j:image
そしてこれは最後の蛇足なのだが、この駄文を最後まで見た人について、文を見る目がない。文字を追い意味を頭に詰め込んでいるだけで、僕のペースに飲まれ、頭の中は使い道に乏しい情報で埋まってしまったのではないか。途中で折れてしまってもいい文章だったはずだ。もっといい時間の使い道があろうと思われるので、スマホをしまい、机に向かい、勉学に励むことを怠らずに日々精進を重ねるようにすべきだと思う。

§4「ワクチンは副作用が結構しんどい」

 コロナワクチンの1回目の接種を、今日終わらせてきた。何しろ原理的にはもう二度と来ない初回の接種であるから、是非備忘録として書き留めておきたいと思い書き出した次第である。簡素な体験記なので、味気無さを味わっていただければ幸いだ。

 さて、当のワクチンだが、ライン作業のように処理された感覚だった。接種券を手渡してすぐに診察室に案内され、あれよあれよと終わってしまった。おそらく院長と思われる人物から接種をしていただいたが、ぼさぼさの茶髪が室内の雰囲気と比べていささか塩梅を崩していたのが面白かった。ワクチン接種後本屋に寄ってあてもなくプラついていたのだが、その時女の子の「〇〇高校の本だ!かっこいい」という声が聞こえ、お嬢さん確かに村上春樹も言うように夢を見る権利はあるが...と頭の中で一刺しした。

 これは別日に書いている。自分が筆無精なものだから、ワクチンの2回目接種まで原稿を放ったらかしにしてしまったのだ。また列に並んでいる間のこと、列の前の人が予診票に何も必要事項の記入をしていないから呆れてしまった。他にも、見た目から判断するなら20歳手前の者が、注射が怖いなどと言って接種を長引かせるからうんざりである。

 しかし問題はここからで、1回目はなんともなかった副反応がじわじわと効いてきた。昼前にワクチンを打っていただいたのち一眠りすると熱が7度5分にまで急上昇した。熱が出るだけなら良かったのだが、その晩には熱は最高8度5分を記録し、かつ眠りに入ろうとしても体が寝ついてくれないのだ。激しくもなく、嫌な感じのする痛みだったなぁと振り返る。結局3時半ごろにようやく痛みより眠気が勝り、なんとか寝ることができた。翌日になっても熱は引かず、ゼリー飲料や少しのフルーツを口にするばかりだったので、痩せてしまった。全身がそれなりに辛いのだが、そうなると自分の体の弱い部分が明確に感じられるのが面白かった。僕の場合は腰であったが、いささかそこが痛むにしては若すぎるのではないかと目を背けたくなった。が、確かにうちの家系は腰が弱いので、腰痛持ちにだけはならないよう努めたい。

§3「刻んで飲み込んで歩いていく」

 校内模試が返ってきた。見るに堪えない点数だったので公表は控えたいという姑息な手を使おうと思う。後期英語A3、数学B1の方々は、よろしくお願いいたします。

 英語は簡単なミスがとても多く、減点されていったのが悲しい。数学も同様だった。どちらも所感はまずまずだったが、「思ったより点数が出ないと寂しい」という気持ちになった。なかなか渋い結果が出たテストだが、悔しさをバネにしていこうと思う。

 タイトルの「刻んで飲み込んで歩いていく」は緑黄色社会の『ずっとずっとずっと』からである。このフレーズは、自分が経験した辛い時間もご機嫌な時間もひとまとめにして、余すところなく自分の中で消化してまた今の瞬間を生きるという意味があるはずである。他にもこの曲だけでも「良い」歌詞は沢山あるので、是非とも緑黄色社会の曲を視聴して欲しい。


緑黄色社会『ずっとずっとずっと』Official Video / Ryokuoushoku Shakai - Zutto Zutto Zutto - YouTube

§2「校内模試,汚れつちまつた悲しみに……」

 今日、鉄緑会の高1英語の校内模試があった。あったとわざわざ言っているのだから、もちろん受けてきた。僕は高校からこの塾に世話になっている組で今回が初めての模試だったので、コウナイモシとは如何なものでしょうか、お手並み拝見いたしましょうと、そうしてテストと相対していた。

 今月に入ってからは本模試の対策にほとんどの時間を費やした。そのため試験に関してその前後に要らぬ心配も生じたが、概ね自分の実力が示せたのではないだろうか。ひとまずは模試が終わった開放感を味わいたいと思う。話を以上のことで切ってしまっても、自身が楽しむという最大の目当ては達成されている。とはいえ試験後の記事で所感を書かないのは怠惰、法度、失礼な雰囲気、そういうものがあるので、書き残しておく。

 大問1、論説文だ。この後にも物語が長文読解にあたる問題として出題されるのだが、正直なところ、どちらも緊張が勝り読めた感じさえなかった。幸いか不幸か、これらの大問はマークすなわち記号選択式の解答の体を成している。予てより友達からマークは運が絡む等々伝達されていたので、なるほどそれならば精読にしろ多読にしろしかるべき対策をして運を手繰り寄せるようにせねばと演習を積んでいた分野ではあったのだが、どうやら試験は中学校時代の英語学習の様子も見逃さず、解答用紙によく現れる作りとなっているようだった、もちろん、自分がそう感じただけのことではあるが、おそらく正しい。

 大問2、英作文だが、非常に易しく、点を配っているのだろうなと感謝した。何回も繰り返し単元を見直してきた自分がいてこそ成り立った速やかで正確さの高い作文に救われた今回の試験であったと思っている。英作文特有の、「日本語を日本語に直す」力を存分に発揮できた小問もあり、比較的波風を立てずに切り抜けることができたのではないかと思われる。

 大問4、文法問題。目を通すとテキストのままの問題ばかりが並んでいたため、寧ろ警戒を強めたが、特段引っ掛けと言える悪趣味なものがあったわけでもないので難なくパスできた。文法のテキストを何回も読むと自動的に答えを覚えてしまうのでテストとして成り立っているのかとテストの最中にあれこれ思考を巡らせそうになったが、あちらからプレゼントとしてくれるのであるから、受け取っておくことにした。

 大問5、和訳問題。大して難しくもない上に構文が見え透いていたため、とりあえず書きあげてみる作戦が奏功した。文意も通る上に構造を崩さないまま、日本語への翻訳は成功裏に終わった。感覚的には母国語が介入してくる大問に関してはずば抜けた(周りからしたら凡であるかもしれないが)成績を収めることが期待されるし、自分がそう期待される、すなわち日本語堪能人間でありたいというユートピア的な第三者視点での観測もそこには含まれている。英語試験で自分の日本語力までもが測れたような気分になることがよくあるのだが、他の人たちもそうなのだろうか?学校が始まったら聞いてみようかと思う。

 大問3、リスニング問題。最後の大問6を残してここに差し掛かったので、自分でも驚いた。聞くだけだったので何とかなっていると信じたいが、おそらく7割ほどだろう。可もなく、不可もなくでこれを乗り切れたことは、リスニング教材を0.8倍速でついていった頃、数ヶ月前の自分では信じ難い事だなと感じ、少し誇らしくなった。

 大問6、物語文。悪魔的だった。正直なところ何をどう解いたのかも怪しい、恐らく半分くらいの点数が来ているとは思うが、気楽に、ケ・セラ・セラと思う。

 テストが終わり、教室から放り出された後に同校の戦士たちが集って駄弁っているのだから、乱入しないわけにはいかない。皆の姿が見えた時は安心した。何に安心したと言われるとこれが困ってしまうところだが、試験の重圧に解放された喜びを知人と共有出来る事がなによりの安堵の対象だったのだと思う。ところが、話を聞くとやれテストの問題がこれこれだの、何点とった、リスニングの声が低いだのと試験の内容ばかり話しているので呆れてしまった。とはいえ呆れていても気持ちが上向きにーー面白くはならないので、一言「見直しは絶対にしない」と宣言して帰路に着いた。

 明後日、正確にはもう明日に、数学の同模試が待ち構えている。こちらは非受講のためいくぶんか気が楽である、が、手を抜いていい理由にならないのも悩ましいのである。己の性というのか、親の教育の賜物というのか、良心とか正義感とかいうのか、それに従うとするのならば明日も入念な対策をするべきだろうし、多分しているのだろうと思う。

 夜も遅いので§2はここで〆にしようと思う。また、最後にこの話を持ってくるのは今考えれば逆立ちだったように思うが、『汚れつちまつた悲しみに......』は中原中也の詩から、である。僕如きが中也を語るにはおこがましいし、ましてそれによって読者の中也像が屈折するに至ることも、またもちろん許容され得ないことだろうので、詩に興味がおありの方はぜひ中也を、とだけ薦めておくことにする。

§1「はじめに,それと自己紹介」

 僕は僕自身を浅慮な人だと思っている。いや、思う分には構わないのだが、それが自分の行動パターンを決めつけている気がしてならない。つまり、自分は"若気の至り"が許され、それどころかあるべき姿がそこにあるとさえ思い込んでいる、ということだ。この事実を認知こそすれ、その上で行動を矯正しようとするのもどこか意図的な側面が残ることは否めないので、自分の行動の習性は現状維持であらざるを得ない。そんなもどかしさを孕みつつも、結果的には先の自己観念に従う形で...これがこのblogが作られるにあたってのいきさつである。僕はブログの、それ以前に文章自体の構造においてミクロにもマクロにも不慣れであるから、当面は駄文を続々と生成する予定である(既にしている!)のだが、ご容赦願いたい。個人的に十分な前書きと注釈が施せたため、そろそろ自己紹介に移ることにする。

 現在僕、摩擦は高校1年生である。今に至るまで出生から順を追って話すのが1番平易で手頃だと思われるので、それに則り時系列的に進める。

 生まれた時の僕は3400gほどもあったらしい。今の僕からするとなんとも似つかない数字を叩き出している。大器晩成スとも言うものだから焦らずいようとは思うのだが、そうはいえどそろそろ「成」の時期が来てくれないと困る。話を戻して、僕は乳児血管腫(別名:苺状血管腫)を抱えていた。調べるほど見栄えの良いものでもないため推奨はしない。いわく、これの発生する場所は完全にランダムではあるが、首より上の部位によく出来やすいらしかった。僕の場合はちょうど臍と同じ場所にできたため、あまり目立たなかったというのが幸いである。いじめなども、これを巡ってのものに限って言うのなら、特になかった。

 僕は幼稚園には通わずに保育園だけで幼児教育期を過ごした。色々と事情はあるのだが、省略する。忘れてしまった、というか記憶に残ってさえいないのだが、何かしらのテストをこの時期受けたようで、僕はこれで発達障害と診断されかけたそうだ。魚の絵を見せられ、「魚」と解答すればよかったらしいのだが、小さな僕は「金魚」と答えたらしい。正直そんな些細なことで障害を疑う側も酷いとは思うが、その辺で泳いでいる魚と観賞用魚の区別くらいはつけられてもよかったのではないかとは自分でも思う。

 小学校時代はいい思い出が少なかったと思う。誕生日を迎えると、それぞれのお祝いのメッセージが付いた「誕生日カード」というのが皆から1枚ずつ貰えるという文化があった。1クラスに35人はいたのでカードを結構な頻度で作成せねばならないこと以外は良い文化だと思う。当然皆からなにを書かれるのかと期待に胸を躍らせて僕も誕生日を迎えるわけだが、書かれている内容は「計算ドリルを解くのが早い」の一点張りで、人格や日頃の行いについての言及は一切なかった。何枚もカードを作る機会があるから当たり障りないことだけ書いておこうとした結果なのか、人格がつまりそういうこと、だったのかは分からないが、前者だと信じている。先に含みを持たせた表現をしたがここで伏線の回収をすると、この時期にいじめもあった。気がする。気がするのだが、内容が瑣末だったせいか朧げにしか覚えていない。話しかけても無視される程度の事だったと記憶しているが、それでも、自分は相手と仲良くなろうと努めているのに、それが一方通行だと理解したからだろう、結構なショックを受けていた。また、4年生からは塾に通い始め、受験勉強に本腰を入れようということになった。勉強に関してはよくできる方だったし、頭もできていないわけの分からない小学生時代だったこともあるのだろう、成績は悪くなく、晴れて中高一貫校に合格できた。塾で悪態の限りを尽くした件はしまっておく、それだけで文章量が爆発してしまうためだ。

 中学生活は充実の一言だった。勉強はサボりがちで成績は下落したが、それ以上に部活、中学は野球部に入っていたのだが、そこでの仲間たちと練習に明け暮れた日々は、改めて思い返すと青春の気が漂っていると感じる。勉強に手をつけないとまずいと思ったのが中学3年の頃で、高校野球を続けるかどうか迷ったが、熟考の末、水泳部に転部し生徒会の役員職を兼任する(これでも負担は以前より減った)決断をした。役員選挙というもので票を得なければならないのだが、自分が泡沫候補から当選できた時の喜びはやはり何にも代えがたいものであったと追憶に耽る。任期満了し役を辞して、学生生活の本筋を勉強へと移行させ、今に至るーーといった具合である。

 以上が半生概論となる。

 これからは、気の向いた時の雑記として、個人的には自分自身の生活を振り返るために、このblogを活用していこうと思う。もちろん今述べた通り不定期とはなるが、更新のあった際にはTwitterInstagramか分からないが何かしらで告知をすると思うので、ぜひ読みに来ていただきたいと思う。